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研究紀要

研究紀要:第39号(2024年)

執筆者 論題 要旨
川野 憲一 中世顕密寺院と絵画―仏涅槃図の語る世界― 本稿は、神戸市内に伝来する、中世に制作された「涅槃図」を対象として、中世における仏教絵画が有する定例的な法会・儀礼のツールとしての基本的機能を超えた付加的機能を明らかにすることを目的とした論考である。太山寺、石峯寺、福祥寺、與楽寺に伝来する涅槃図4本を中心に考察を加え、そこに観られる際立った特徴を指摘し、涅槃図が各寺院の宗教的アイデンティティを表明する機能を有している可能性が高いことを示した。従来、図像や様式展開に重点がおかれてきた中世涅槃図の研究に新たな視点を提供することを期したい。
中山 創太 【論文】「乾斎」銘の阿蘭陀写、いわゆる京阿蘭陀について 19世紀前期から京都を中心に銅版転写絵付によるヨーロッパ製陶磁器に着想を得た阿蘭陀写の施釉陶器が製作されていた。今日、京阿蘭陀と呼ばれている作品群である。これらは、素焼きした生地に白化粧土を施し、藍絵で器体を埋めつくすように花卉唐草文を描き込み、異国風景図、異国人物図などの意匠を採る点に特徴を求めることができる。
本稿は、江戸・浅草などで活躍した陶工・井田吉六(1792~1861)の号である「乾斎」銘を有する京阿蘭陀の作例を採り上げ、その意匠を中心に考察を加えていく。結論として、「乾斎」銘のある京阿蘭陀は、中国趣味的図様を用いて意匠が構成されていることを指摘する。合わせて、京阿蘭陀の基準作と比較し、「乾斎」銘のある京阿蘭陀は、天保年間以降、19世紀中頃に製作された可能性を提示する。
三好 俊 【研究ノート】神戸市立博物館における古文書展示―令和4年度コレクション展示「中世文書の世界」および博物館実習の報告― 館蔵の古文書のうち、中世文書を活用し、くずし字が読めなくても楽しめるポイントを提示することを目指した、コレクション展示「中世文書の世界」の報告。まとまった文書群として伝来しておらず、内容が神戸の地域史とは直接関係がないことで、これまで来館者の目に触れる機会が少なかった古文書を展示活用した記録である。また、展示期間に開催された博物館実習の課題において、同展示を取り上げた成果から得られた、実習生の展示内容に対する反応や、新たに提示された古文書の楽しみ方に関するアイデアも紹介する。
塚原 晃 【資料紹介】鉅鹿民部筆「樹下双獅子図」 新たに博物館資料として受け入れた鉅鹿民部筆「樹下双獅子図」を紹介する。鉅鹿民部は長崎出身で、中国の廟堂音楽・明楽を日本に普及させたが、同時に沈南蘋風花鳥画の画家としても活躍し、これまで9点の作品が確認されていた。民部の作品としては新出の本作品には、17世紀前期にルーベンスが描いた作品に端を発するライオンの図像の影響が垣間見える。
山田 麻里亜 【資料紹介】長崎の御用時計師・御幡栄三「時計図案帳」について 長崎の御用時計師・御幡栄三による「時計図案帳」は、時計製作に関わる下絵や控えを中心に構成される。本資料をみると、江戸時代の時計師が何を学習し、それをどのように時計製作に活用していたのかを窺い知ることができる。本稿では、本資料に収載される、栄三が実見した時計の記録や、時計の構造・図案に関する下絵および拓本類、納品・修理に関する控え等を紹介し、これまであまり明らかにされることのなかった江戸時代における時計師の活動の実態について取り上げたい。また、江戸時代後期の和時計に特徴的な、西洋を思わせる不思議な唐草文様の源流について考察する。そしてこの文様が、17世紀前半からオランダを通じて日本に輸入された金唐革あるいはそのデザイン図案等の影響を受けて成立した可能性を提示したい。
小野田 一幸 【資料紹介】『近世刊行大坂図集成』補遺(1)―清林文庫所蔵図調査から― 本稿は、平成27 年(2015)に上梓した『近世刊行大坂図集成』以降、清林文庫の資料調査によって新たに見出した6点の刊行大坂図を紹介するものである。その内訳は、『新板大坂之図』が2点、『摂津大坂図鑑綱目大成』が1点、『改正 大坂絵図』が2点、『摂州大坂画図』の1点である。いずれもが18 世紀末までに刊行された大坂図である。 上記の『新板大坂之図』、『摂津大坂図鑑綱目大成』、『摂州大坂画図』は、在坂役人の変更や市中の変貌を図幅に反映させて摺られた改訂版である。『改正 大坂絵図』は、『摂津大坂図鑑綱目大成』をもとにしながら、描出範囲を大坂市中にとどめ、表紙には新地の様相をアピールする題箋が付されている図である。